極寒の地の悲劇★ある家族を襲う予想外の事態


今から2年前の2月…
その日、ドン・スミスが目を覚ますと、すでに異変が起きていた。
大学生の息子、ジャスティン。
昨夜は友人たちと飲みにいったのだが、朝になっても帰っていなかったのだ。

そこでドンは、前夜、息子と一緒にいた友人に連絡を入れた。
友人によれば、その夜、ジャスティンとは飲み会のあと、夜9時半には別れたという。
季節は冬。この辺りは寒冷地で、夜になると気温は冷凍庫とほぼ同じ、マイナス20度にまで達する。
とても屋外で一夜を過ごすことなど出来ない。

ドンは昨夜ジャスティンが、友人の車を降りた地点を目指した。
その時…道端で倒れているジャスティンを発見したのだ!
信じられなかった…息子の体はコンクリートのように固まり、心臓も呼吸も止まっていたのだ!

吹雪の中、ようやく現場に救急隊が到着。
続いて事件性の有無を確かめるため、検死官が到着した。
救命士も、検死官もジャスティンは死亡していると判断した。
救命士はその旨を医師に報告するため、病院に電話。

外見的に明らかに死んでいると判断できる場合でも、最終的に死亡宣告ができるのは医師のみ。
これは電話で行われることもあり、救命士たちは病院に状況を伝え死亡確認をしようとした。

現場からの電話を受けたのは…この日、緊急治療室の当直だった、ベテラン医師・ジェラルド・コールマンだった。
救命士たちは、生きている様子が全く見えないジャスティンの状況を、事細かに医師に説明した。
ところが…コールマン医師は、ジャスティンをヘリコプターで病院に運ぶ手配をするように指示を出した!
なぜ、コールマン医師は、死んでいるとしか思えないジャスティンを急遽病院に運ぶという決断をしたのか?

そして、救命士達にすぐに蘇生を行うように指示を出した。
救命士は当時を振り返り、こう話す。
「ジャスティンは完全に死んでいるように見えました。そんな彼に蘇生処置など、とても意味があることとは思えませんでした」

そして吹雪の中、ヘリコプターが到着。
ジャスティンは蘇生処置を施されながら、コールマン医師が待つ病院へと搬送された。
医師はすぐさま、状態を確認。
だが…心肺は停止しており、体温は20度しかなかった。

通常、人は体温が下がるにつれ、臓器や心肺の機能が低下、28度以下になると昏睡状態に陥り、やがて死に至る。
しかしこの時、ジャスティンの体温は、それよりも遥かに低い20度しかなかった。

実は厳密に言うと、低体温症患者の場合、死亡宣告をするためには、体温を平熱近くまでまで上げなければならないという決まりがある。
それゆえ、体を温める必要があった。
医師たちは心臓マッサージと人工呼吸を続けながら、必死に体を温め続けた。

しかし、2時間 体を温めても、温度が上がるのは体の表面だけ、体内の温度は上がらなかった。
すると、次の瞬間!彼はあることを思いつく。
そこにはコールマン医師のある秘策があった。

そして、コールマン医師の指示のもと、ジャスティンは再びヘリコプターに乗せられ、搬送されることとなった。
そこは…72キロ離れた、アレンタウン市にある姉妹病院。
ここでコールマン医師は、専門医のジェームズ・ウー医師にECMO(エクモ)を使わせて欲しいと依頼した。

ECMOとは…心肺機能が著しく低下している患者に、一時的に取り付ける人工心肺装置のこと。
この装置に心臓や肺の役割をサポートしてもらいつつ、症状が改善し心肺機能が回復するのを待つのだ。
コールマン医師は、このECMOに可能性を見出していた。

実はECMOにはもう一つ機能がある。
通常、体外に血液を出すと、外気の影響を受け温度は下がる。
だがECMOには、それを防ぐために血液を温める機能が搭載されているのだ。

コールマン医師はこの機能を利用し、血液を一度体外に取り出して、温めてから戻せば、体の内側から温度を上げる事ができると考えた。
だがこれまで、この装置が低体温症患者に使われた例はほとんどない。
しかしそれでも…ジャスティンの体を温めるため、異例の処置が行われた。

するとほどなく…血液が温められたことで、体温が上昇。
そして90分後、ようやく体温が人間の平熱まで上がった。
だが、心肺は停止したまま…やはり亡くなっているかと思われた…次の瞬間!
心臓が再び脈を打ち始めたのだ!
12時間も冷凍状態で心臓も呼吸も停止し、誰の目にも死亡したように見えたジャスティンが…凍傷により指の一部を失ったものの、奇跡的に生き返った!

だが、心配なことが1つあった。
後遺症である。
呼吸が停止し、酸素が行き届かなくなると、わずか4分で脳の壊死が始まる。
生還できたとしても、脳障害が残るか、最悪の場合、植物状態になる可能性も…

1ヶ月後…ジャスティンはついに、昏睡状態から目覚めた。
すると…以前と変わらず、言葉を発したのだ。
検査の結果、ジャスティンの脳には、まったく障害が残っていないことがわかった。
3か月のリハビリを経て、自宅に帰ることができたのである。

しかし、なぜ10時間以上、心臓も呼吸も止まっていたジャスティンが、無事、生還できたのか?
実はそこには、まさに奇跡と呼ぶしかない、人体の不思議なメカニズムが関係していた

あの夜、雪道で転倒、動けなくなったジャスティン。
折からの寒波で、外気はマイナス20度を下回っていた。
通常このような時、人は寒さに耐えるために、手を擦ったり体をさすったりして平熱を保とうとする。
ところがそれでも、体温が下がり続けると今度は人体にある変化が訪れる。
外気に触れ、さらなる温度の低下を防ぐために、体の表面近くの血管が収縮、血液が体の中心に集まり、脳や心臓など重要な臓器を守ろうとするのである。

だが、これも時間の問題。
さらに体温の低下が続けば、やがて心臓は機能を停止、血液が流れず細胞が酸素不足に陥り、死に至る。
これが凍死である。

では一体なぜ、冷凍状態で発見されたジャスティンは、一命を取り留める事ができたのか?
コールマン医師はこう推測する。
「彼が助かったのは、脳や他の臓器が酸素不足に陥るよりも早く、わずか4分ほどで仮死状態に陥ったからではないかと思います」

仮死状態とは心臓や呼吸が停止している状態の事。
あの時、雪山で転倒したジャスティンは、転んだ拍子に地面に頭を打ち付け、意識を失った。
本来なら平熱を保とうとするため、徐々に体温が低下するはずが、急激に体が冷やされ…
心肺だけでなく、脳や他の臓器も、あっという間に機能がストップ。
血液が流れなくとも、酸素不足に陥る事なくダメージを受けずに済んだのではと、コールマン医師は言う。

そして彼は救命士から連絡を受けた時、この人体のメカニズムにわずかな可能性を見出していたのだという。
とはいえ他の医師はみな、ジャスティンの死を確信していた。
にも関わらず、なぜ彼は諦めなかったのか?
そこにはある理由があった。

実はコールマン医師には娘がいた。
しかし…ジャスティンの事故の2年前、早産で生まれたその娘は、治療の甲斐なくわずか39日間の生涯を閉じたのだ。
その日がくしくも、救命士からの連絡を受けた、2月21日だったのだ!

ジャスティンは退院から1年後、コールマン医師の元を訪れ、命を救ってくれたことに感謝した。
今では父と一緒に、好きだったゴルフにも再チャレンジしている。


Close×